ナノデバイス研究室:研究テーマ詳細
ナノデバイス研究室では、革新的な機能性薄膜材料の開発と、それらを精密に創成する技術の研究に取り組んでいます。ここでは、特に注力しているダイヤモンドライクカーボン (DLC)、グラファイト状窒化炭素 (g-C3N4)、そしてそれらの成膜に不可欠なCVD・PVD技術について、より専門的な視点からご紹介します。
研究分野概要
ダイヤモンドライクカーボン (DLC) の機能設計と応用
ダイヤモンドライクカーボン(DLC)は、その名称が示す通り、地球上で最も硬い物質であるダイヤモンドに酷似した物性を示す非晶質の炭素系薄膜です。この材料は、sp3結合(ダイヤモンド構造)とsp2結合(黒鉛構造)が混在する特異な結合構造を持つことで、高い硬度、優れた耐摩耗性、極めて低い摩擦係数、化学的安定性、そして良好な生体適合性といった多岐にわたる優れた特性を同時に発現します。
当研究室では、DLC膜の結合構造(sp3/sp2比)および組成を原子レベルで精密に制御することで、その物理的・化学的特性を自在にチューニングする研究を推進しています。
特に注目しているのは、DLC膜中に銅 (Cu) や亜鉛 (Zn) などの金属元素、あるいはホウ素 (B) や窒素 (N) などの非金属元素をドーピングすることにより、それぞれの元素が持つ特性とDLCの優れた性質を組み合わせたハイブリッドな機能性炭素薄膜の創製です。例えば、CuやZnのドーピングは、生体適合性を保持しつつも抗菌性や抗がん性といった特性をDLC膜に付与し、次世代の医療材料としての可能性を拓きます。BやNのドーピングは、DLC膜の電子伝導性や熱的安定性を向上させ、多岐にわたる産業分野への応用可能性が広がります。
具体的な応用研究としては、DLC膜の優れた絶縁性と耐摩耗性を活用したモーター内部のコイル絶縁膜の開発があります。従来の絶縁材料と比較してDLC膜は非常に薄く、かつ高い絶縁破壊耐性を持つため、コイル間の渦電流損を効果的に低減し、モーター全体の高効率化と小型化に貢献します。私たちは、原子レベルでの構造設計を通じて、幅広い産業分野における革新的な機能性材料の創出を目指しています。
グラファイト状窒化炭素 (g-C3N4) の特性制御とデバイス応用
グラファイト状窒化炭素(g-C3N4)は、炭素と窒素のみから構成されるユニークな層状構造を持つ有機半導体材料です。この材料は、比較的安価な前駆体から容易に合成可能であり、軽量性や柔軟性といった有機材料ならではの利点に加え、独自の電子構造に起因する興味深い物性を示します。
当研究室の研究の核は、g-C3N4膜が持つ優れた水素吸着特性の最大限の引き出しと、その精密な制御です。
特に、水素ガスセンサの開発に注力しています。我々独自のガスセンサコンセプトでは、水晶振動子マイクロバランス法(QCM)を検出原理として採用し、その表面に水素吸着膜としてg-C3N4膜を形成しています。QCMは質量変化を高精度で検出できるため、g-C3N4膜が水素分子を吸着する際の微細な質量変化を捉え、高感度な水素検出を実現します。このアプローチにより、従来の半導体式ガスセンサとは異なり、室温での高感度動作が可能となり、さらに資源が豊富な炭素材料を用いることで、低コストかつ環境負荷の低い水素ガスセンサの実現を目指しています。
また、g-C3N4のユニークな電子構造に着目し、その光電変換素子としての使用可能性についても探求を進めています。私たちは、g-C3N4膜の電子構造や結晶性を精密に制御することで、その潜在的な光電変換効率を最大限に引き出し、次世代のエネルギー変換デバイスへの応用可能性を模索しています。


薄膜創成技術:化学気相成長法 (CVD) と物理蒸着法 (PVD)
ナノデバイス研究室における機能性薄膜材料の研究開発は、その材料を精密に「創り出す」成膜技術に支えられています。私たちは、化学気相成長法 (CVD) と物理蒸着法 (PVD) という二つの主要な技術を駆使し、様々な材料の高性能薄膜化を実現しています。
化学気相成長法 (CVD: Chemical Vapor Deposition)
CVDは、ガス状の原料(プリカーサー)を反応チャンバー内に導入し、熱、プラズマ、光などのエネルギーを付与することで化学反応を誘発し、基板表面に薄膜を形成する手法です。この方法は、反応条件(温度、圧力、ガス流量、プラズマパワーなど)を極めて綿密に制御することで、原子・分子レベルでの結合状態や結晶構造を設計通りに積み重ねることが可能であり、高い均一性と緻密性を持つ高品質な薄膜を得ることができます。当研究室では、主にDLC膜の形成にCVD装置を用いており、sp3結合とsp2結合の比率やドーピング元素の導入量を高精度に制御することで、DLCの多様な機能性を引き出しています。また、CVDは複雑な形状の基板への成膜や、多層膜の形成にも適しています。
物理蒸着法 (PVD: Physical Vapor Deposition)
PVDは、固体状のターゲット材料を物理的なプロセス(スパッタリング、蒸発など)によって原子または分子レベルで気化させ、それを真空中で基板上に堆積させて薄膜を形成する手法です。CVDとは異なり、化学反応を伴わないため、成膜プロセスが比較的単純であり、幅広い材料の薄膜化に対応できます。当研究室では、特にスパッタリング法をPVDの中心として活用しています。スパッタリングでは、高エネルギーのイオンをターゲット材料に衝突させ、弾き出された原子が基板上に堆積することで薄膜を形成します。この方法により、膜厚や組成を厳密に制御できるほか、アモルファス構造から結晶性構造まで、様々な膜質を実現可能です。PVDは、電子デバイスの配線、光学コーティング、そして耐摩耗性コーティングなど、多岐にわたる産業分野で不可欠な技術であり、当研究室でもDLC膜や複合膜の形成に利用しています。
